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Vol.42 座り続けて4000年? 椅子にまつわる永~い?話。

あけましておめでとうございます。今年もご贔屓のほど、よろしくお願いいたします。

年明け早々、デスクチェアのひじ掛けが壊れました。友人から貰った中古品ですが、気に入っていたのに残念です。思い出を断ち切り、新しい椅子を買うべきか悩んでいるライターのタラです。

さて、一年365日。調べてみると、毎日様々な記念日が制定されています。世界〇〇デーみたいな重めの日から「いい夫婦の日」や「いい膝の日」、「チンアナゴの日」など、語呂合わせで決めたライトのものまで様々。そんな中ありました。大工さんの日。11月が技能尊重月間であり、十一は士になり建築士に相応しく、22日は大工の神様とされる聖徳太子の命日であるなど、複数の理由の合わせ技で、この日を大工さんの日としているそうです。

そんな記念日話には関係ありませんが、今回のテーマは「椅子」。ちなみに、椅子の日は4月14日。季節感もデタラメですが……僕の壊れた椅子の供養だと思って、お付き合いください。


12月22日に劇場版公開する大人気アニメSPY×FAMILY。スパイの男、殺し屋の女、超能力者の少女が自らの素性を隠し、偽装家族を演じながら様々なトラブルと奮闘するホームコメディです。原作は少年ジャンプ+で連載中の漫画ですが、その原作コミックの表紙が洒落ていて、面白い。毎号、登場人物たちが世界的な名作椅子に座って描かれているのです。

作者曰く、キャラクターのイメージに合ったものを考えて選んでいるそうだが、作品を知っている人は「なるほど~」と思うだろうし、知らなくても並べたらちょっとした椅子カタログみたいで洒落たインテリアにもなりそう。

今回、椅子の事を書こうと思ったのも、実はこのSPY×FAMILYのコミック表紙に様々な椅子が描かれていることを知ったらからだったりします。個人的に、共通したフォーマットに、色々なバリエーションを散りばめつつ共通点を持たせると言ったデザインが好きなのもあり、逆にこの表紙を知って、原作を読んでみたくなった。

置くところに困りそうで、まだコミックは持っていないのですが……。

 

 

ちなみに1巻で主人公ロイドが座っているのは「LC2」。建築家としても有名なル・コルビュジエの超名作で正規品だと100万円前後する傑作。

4巻を飾るのは主人公たちの飼い犬ボイドで、座っているのはフィンランドのデザイナー、エーロ・アールニオ作の「ボールチェア」。宇宙的・近未来的なフォルムが特長で、こちらも高額で100万円以上の品物です。

印象的なハート形の背もたれが目を引く6巻。座るのは、ロイドに恋する諜報員フィオナで、こちらはヴァーナー・パントンというデンマークのデザイナーの会心作。お値段は少しだけ安く、40万前後となっているようです。

欲しいけど、簡単には買えない逸品ばかり。流石、世界の名作チェアーです。

 

 

さて、上図をご覧ください。一見、何の変哲もない木製の椅子です。

では問題。誰が座っていた椅子でしょうか? 5…4…3…2…1…0。正解はエジプト第4王朝時代のスネフェル王の妃、ヘテプヘレス1世でした。と言われてもよほどの考古学マニアじゃなければ知るわけがないのですが、まあとにかく古い椅子なのです。エジプト第4王朝時代とは紀元前2613年~紀元前2498年頃の王朝であり、日本でいえば縄文時代。そんな気の遠くなるような昔に、すでに現在とほぼ変わらない形の椅子は存在していたことには驚きを隠せません。

そして、この椅子こそが世界最古の椅子と言われており、エジプト考古学博物館に展示されているのです。

(※『ヘテプヘレス王妃の椅子』・写真提供:エジプト考古学博物館)

 

昨今では当たり前に座る椅子ですが、元来は権威の象徴であり、王や支配者など権力者以外が座ることは許されていなかったと言います。床に座る庶民に対して、椅子に座る権力者。物理的な高さの違いを持って、その威光を示していたのかもしれません。

現代においても、例えば「首相の椅子に座る」や「社長の椅子を狙う」など、地位や権力の代名詞としても使われますよね。

また、Jリーグなどでよく耳にする「チェアマン」という言葉。これは会議や組織の議長や会長を指す英単語であり、そのまま組織の最高位にいる人物を指す言葉。綴りはchairmanで、読んで字の如し、椅子を意味するchairが含まれているのです。

椅子=権威の象徴となった経緯に関しては諸説あるようですが、手足の様な4本の脚、そして背がある椅子の形が人間に似ていることから、その上に座るということが支配を意味するようになったとの解釈もあるそうです。

いずれにせよ、紀元前から始まった「椅子の象徴性」みたいなものは、形を変えつつも今なお残っているのです。

 

では、日本ではどうでしょうか? 椅子らしきもの、腰掛程度のものならば弥生時代の頃にすでに使われていたそうです。木を削ったり、くり抜いたりした簡素なものですが、座り心地を考慮したのか座面が曲面になっているものもあったりと、形こそ今の椅子とは似ても似つかないですが、当時から座ることへのこだわりの片鱗はあったということでしょう。

しかし、日本は何といっても畳の文化。正直なところ、西洋圏に比べれば椅子の進化は緩やかなものだったと言わざるをえません。

そんな中、携帯できる座具として比較的広く愛用されていたのが「床几」。大河ドラマなどで武将が野営地で座っているコレ↓です。

 

 

今でも釣り人が使ったり、何かの場所取り中に座ったり、スポーツ観戦などで使用するのを見かけます。

僕が以前務めていた某TV局でもよく使いました。報道の仕事はとにかく待つ。待つのが仕事の半分以上といっても過言ではありません。決定的瞬間を逃さないために、場所を取って、ひたすら待つのです。キツイのは自然系の取材。人力でどうにもできないため、待ち時間にゴールが見えないのです。ある時、畑を荒らす鹿を取材したときのこと。映像としては、やはり動いている鹿を撮りたいわけです。仕込むわけにもいかず、ただ延々と待つ。多分、この時は四時間以上待ったんじゃなかったかなぁ。その時役立ったのが床几だったのです。

 

やがて、明治維新、文明開化を迎えて、西洋文化が一気に流入してきて、やっと四本脚の椅子が根付いて行くことになります。今でこそ当たり前の椅子に座るという行為も、日本においてはたった150年ほどの歴史しかないのです。

しかし椅子の普及は、同時に畳の部屋を減らし、正しい座り方、すなわち「正座」する機会を奪うことにも繋がりました。日本らしさみたいなものの消失。それはそれで、勿体ないような、寂しいような……。

 

 

以前、「座る」をテーマにしたコラム内(Vol.7、2022年1月15日掲載)で、日本人は世界一座る国民だと書きました。一日平均7時間です。その時は、座り過ぎは体に良くないと、ストレッチや座る姿勢を紹介しました。

しかし、実際問題、座ることは避けられないわけで。そしてどうせ座るならば、体にも心にも良い椅子を選ぶべき!

通販サイトを少し徘徊すると「人体工学に基づいた~」「長時間のデスクワークでも疲れない」といった謳い文句が踊ります。確かに、座り心地は良さそう。特にゲーミングチェアと呼ばれるタイプは、その名の通り、ゲームプレイヤーに特化した椅子。首を支えるヘッドレストやオットマン(足置き)、さらにはリクライニング機能も付いており、ゲーマーに限らずオフィスユーズとしても人気を博しています。こうした椅子を選ぶのも、避けられない「座る」ことを考えれば肝要でしょう。

が、個人的なことを言わせてもらえば、いささかデザインが近未来的すぎるような……。僕としてはもっと無骨で、アナログな形がいいなぁ、と。

そんなことを考えながら、かれこれ3時間くらい座りっぱなしで、原稿を書いているのでした。嗚呼、背中が痛い。

 

 

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